津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日経テレコン21

アジアからの資金流入促進を
-観光や直接投資からもメリットつかめ-
2002/04/04
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< 要 約 >
日本の国際収支構造が変化する中、国内では「製造業を守り、貿易黒字を保つべき」との従来型意見が根強いが、「貿易」にのみ目を奪われるのは誤りだ。
欧米だけでなくアジアからの直接投資の受け入れや観光客誘致、海外投資利益の国内への送金など、資金の流入を促進すべきだ。
事実上進む東アジアの経済統合からのメリットを汲み上げる取り組みをしないと資金面でも空洞化の危機にさらされることになる。

■変化する日本の国際収支構造

 昨年、あるところで中国の朱鎔基首相が「日本の経済実力はGDP(国内総生産)で測るだけでは分からない、(海外からの配当・利子を含めた)GNP (国民総生産)で見るべきだ」と発言したそうだ。
 鋭いところを突いている。現に昨年の日本の国際収支は、原油価格の高騰やIT(情報技術)関連輸出の急減少がたたって、貿易収支が対前年比マイナス32 %と大幅に減少する一方、利子・配当などからなる所得収支が29%も増大したため、両者がほぼトントンになる現象が起きた(図表1)

 この数字が趨勢として定着するとは限らないが、海外投資が増え、製造業の空洞化が進む中で、日本の国際収支構造が変貌しつつあることは誰しも感ずることだろう。今後の産業構造を踏まえた日本の国際収支戦略はどうあるべきなのだろうか。

■貿易黒字にのみ目を奪われるな

 よく聞くのは「貿易立国日本が必要な財貨を輸入していくためには、経常収支の黒字が不可欠であるから、何とかして製造業を残し、貿易黒字を維持せねばならない」といった議論だ。
 モノづくりは日本人の性分に合っているから、製造業へのこだわりには共感できる。しかし、1人当たりGDP が3 万2 千ドルを超える日本が、いまだ平均1千ドルに満たない中国と競争していけるかどうかは、製品・技術ごとに冷徹に判断する必要がある。
 米国は膨大な貿易赤字を出しながらも、資金流入によってなお繁栄している。米国にとって輸入が続けられるかどうかは、結局、資金繰りの問題だ。基軸通貨国でない日本がそのまま真似をすることはできないにしても、国際収支戦略上、「製造業」が稼ぐ「貿易」黒字の維持にばかり目を奪われることも誤りだと思われる。

■総合的なファイナンスに着目

 今 、東アジアでは事実上の経済統合がいや応なく進行中だ。それにつれて製造業が海外に出て行くというデメリットの傍ら、同じ変化から必ずメリットも生じる。それをいかに汲み上げるかが、今の日本が直面する重要課題になっている。
 そこで製造業の競争力を高める努力をすることはもとより大切だが、同時に、より総合的な国際収支のファイナンスに視野を広げて、以下のような諸点に注力すべきではないだろうか。

■アジアからの対内投資増大図れ

 第1は対内直接投資の増大を図ることだ。これまで我々の頭にあった「外資」は欧米中心だったが、今後はアジアからの投資も主要ターゲットに加えるべきだ。
 台湾企業が特色のある日本企業の買収に動くケースはこれまでも知られているが、今や韓国や中国の企業や政府関係者も、東京の大田区や墨田区に集中する中小企業もうでをするなど、M &A (合併と買収)の対象を探す動きを始めている。
 工場の新規投資を期待するには、国内投資環境の一段の改善が必要だが、販売拠点作りなら既に始まっている。「流通業への投資では、国内のパイの奪い合いになるだけだ」と思う必要はない。進出してくるアジアの流通企業の効率が高ければ、たとえ在来の流通企業がクラウドアウトされ(弾き出され)ても、全体としては日本の流通セクターの効率向上につながるからだ。

■観光客誘致でサービス収支の改善を

 第2にサービス収支の改善を図るべきだ。日本の流行や文化の吸引力はアジアで高まっていると感じられるのに、旅行収支はなぜこんなに赤字が大きいのだろうか(2 兆8 千億円の赤字)。
 九州の観光地では今や当たり前だが、ここでも、アジア観光客の誘致がカギだ。商売には「二八枯れ(2月と8月は不振)」という言葉があるが、2月枯れの方は解消することも可能である。アジア諸国で盛んな旧正月の旅行シーズンと時期が重なるからだ。
  「アジアからの観光客は単価が安いのでは」と思う人は、申し訳ないが、トレンドがつかめていない。統計は手元にないが、台湾や香港、さらに、まだ数は少ないが中国の金持ち観光客が落とすカネは、欧米からの観光客よりも多いはずだ。
 1泊数万円の高級温泉でも結構、日本ならではのサービスとアジアの言葉を少し話せる仲居さんを養成すればよいのだ。観光客受け入れ増のためにはビザ政策の調整が必要だが、サッカーのワールドカップはひとつの実験場になるだろう。

■知的財産権による収入確保も急務

 このほかサービス収支に関しては、特許や著作権のロイヤリティー収入の確保も急務だ。中国、韓国、台湾などではどこでも知的財産権の侵害が深刻であり、特に最近、中国の知財権侵害がクローズアップされる。しかし子細に実情を調べてみると、WTO (国際貿易機関)加盟を機に、中国でも取り締まり当局はようやく本腰を入れ始めた。むしろ日本企業の方が「中国では打つ手なし」と決めてかかって、権利の登録・申請すらしていないという怠慢が目立つ。
 日本政府としても、周辺諸国への働きかけに本腰を入れるつもりだ。今後の日本企業の命運がかかっているのだから、企業も思い切った対策強化を図ってほしい。

■海外投資利益の国内への還流を

 第3は、海外投資のリターンの向上と利益の還流を図ることだ。そのために投資先のビジネス環境の改善や事業リスクの低下を働きかけることは、これからの政府の大切な役割であり、中国や台湾のWTO加盟をそのために生かさなければならない。
 しかし、日系企業がもうかったとしても、利益が必ず日本に送金される保証はない。図表2 は日本から中国への直接投資について、日中の統計の差異を示したものだ。中国側統計の数字が日本側統計を大きく上回り、最近その傾向がさらに強まっているのが目につく。
 これは、日本の統計では資金の越境移動がないと投資にカウントされないが、中国の統計は財源を問わず、実行された投資の額をカウントするという統計方法の差に起因する現象だ。そこからは日系企業が利益を現地で留保し、再投資に回す姿が浮かび上がる。近年数字の差が広がっているのは、現地日本企業がもうけを蓄積しつつあるためである。

■日本に戻らないもうけ

 追加投資の資金需要が目前に見えるなら、わざわざ高い送金手数料を払って、資金を往復させる必要がないのは道理だ。しかし、問題は再投資の有無にかかわらず、利益が日本に入ってこない気配があることなのだ。先日、中国の深せんに行く機会があった。現地の日系中小企業は「みんな相当もうけてますよ」と意気軒高だったが、そのもうけは「日本に持って帰らずに香港あたりにためている」という。理由を聞くと、「日本は税金が高いから。稼いだカネを無税で持ち帰れるなら、みんな喜んでそうしますがね」。

■税率を国際水準まで引き下げよ

 生産を海外に移せば利益は無税で国内に持ち帰れる、そんな税制を認めれば「空洞化促進税制」になってしまう。正解は、日本の税率をこれからの国際水準に合わせて引き下げることだ。海外に出て行った企業が稼ぐ利潤は空洞化という代償の上に稼ぎ出されるものだ。その利潤すら、国内に還流してこないのでは、何をかいわんやだ。
 今後各国税制のタックスヘイブン(租税回避地)的なひずみを国際的に規制していくことも必要になるだろうが、同時に、企業や資金をひきつける投資環境の整備を急がないと、日本は製造業の空洞化だけでなく、資金面でも空洞化の危機に遭遇することになる。

■アジアとのかかわりからメリットの汲み上げを

 東アジアで事実上の経済統合が進む中、日本は周辺諸国から競争を挑まれるという未知の経験に遭遇している。そこにはアジアとのかかわりの中でメリットの汲み上げ方がいろいろあると思われるのだが、日本はこれまでアジアを軽く見てきた惰性があって、その汲み上げ方に思いが至らない。少なくとも本腰を入れていない面が多々ある。
 発想を改めて手を付けるかどうかは我々の選択次第だが、手を付けない場合には、それによって生ずる将来の生活水準の低下という結果もまた、我々自身が引き受けなければならない。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2002年4月4日)