津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日経テレコン21

アジアの有望企業や人材を日本に
-円滑で適正な出入国管理体制築け-
2001/03/22
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< 要 約 >
不法残留問題などのために、日本の出入国管理は厳重であり、来日を希望するアジアの企業家や技術者にとって足かせになっている。
中国や韓国などには日本経済の活性化に貢献できる企業や人材が増えており、在留・就労規則や出入国規制の緩和が徐々に進んでいる。
今後はさらに明確な経済的視点を持った交流拡大に向けて、ステップ・バイ・ステップであっても建設的な対応が期待される。

 ちょうど1年前の今ごろ、北京の日本大使公邸で一風変わった日中交流会が開催された。日本側参加者(北京在住の日本企業幹部ら)はともかく、中国側参加者はおよそこれまで日本大使公邸などには足を踏み入れたことのない人ばかりだった。
 中国を代表する民営企業家たちである。新希望集団の劉永好総裁や東方集団の張宏偉総裁など、そうそうたる民営企業家が集まったのだ。
 時期が3月中旬だったのには訳がある。彼らの多くがその時期に開かれる全国人民代表大会や全国政治協商会議の代表や委員になっているため、一斉に北京に集まるからだ。

■中・韓の企業家がビザ発給を強く希望

 これからの中国経済を背負って立つ彼らとの交流拡大は日本企業にとっても重要だ。これまでパイプが細かっただけに、このような催しには意味があると思われた。中国民営企業家たちも会の趣旨に賛同し、喜んでくれたが、1つハプニングがあった。
 ショートスピーチに立った彼らが口々に「日本には非常に興味があるが、今は行きたくても行けない。もし日本が我々との付き合いを拡大したいなら、我々にもビザを出してほしい」と訴えたのだ。

 アジアの前途有為な企業家や技術者が日本に来にくいという現象はほかにもある。
 つい先日、韓国産業資源部が韓国中小企業振興公団に委託して東京・虎ノ門に開設した「韓国ITベンチャー・センター」の見学に行った。韓国のIT(情報技術)ベンチャー、特にネット関連の企業は日本よりもアグレッシブで進んでいるのではないかと評判になりつつある。その彼らが今、日本でも今後通信インフラが高速・大容量化しそうな気配に眼をつけて潜在的な巨大市場への関心を高めているのだ。
  しかし、同センターで開いてもらったミニ座談会で韓国IT企業家たちに真っ先に言われたのが、やはり「ビザを何とかしてくれないか」という陳情だった。

■不法滞在・就労で厳重になった入国管理

 なぜ彼らは日本に来にくいのか。言うまでもなく日本が深刻な不法滞在・不法就労問題に対応するため厳重な入国管理を行っているからだ。図表1は外国人登録者数と日本の人口に占める割合の推移、図表2は出身国別に不法残留者を見たものだ。日本にいる外国人は着実に増え、総人口に占める割合も上昇している。
 また、不法残留者はアジア出身者が圧倒的に多く、韓国、中国だけで全体の3分の1を超えている。おまけにここで言う不法残留者は出入国記録の突き合わせから算出しているから、何人いるか推定しかねる密航者は当然含まれない。
 法務省入国管理局は、今や金持ち国に出稼ぎにやって来る個々の外国人を取り締まるというより、彼らの送り出し・受け入れをなりわいとする内外の知能化した犯罪組織と闘わなければならない。特に、一部外国人が特殊な金属棒で開錠する「ピッキング」に代表される犯罪に手を伸ばしたことで、入管当局に対する世論の圧力が一層高まったことは想像に難くない。



■変わらぬ在日アジア人へのイメージ

 しかし、やみくもに日本からアジア人を締め出せば大きな過ちを犯すことになる。アジア諸国の発展、中産階級の高学歴化により、日本の役に立つアジア人は急増している。 ITに代表されるような技術人材だけではない。韓国はもとより、中国にも巨大マーケット日本に会社を構え、雇用と税収を提供し得る投資家や企業家が出現しつつあると思う。
 しかし、残念ながら「在日アジア人=不法就労、3K労働」という世間のイメージは変わらないままだ。固定観念を覆すような実例が次々と出てくれば社会の受け止め方も変わってくるはずだが、今はまだそこまで行っていない。

■アジアとの往来をもっと視野に

 日本の家電や自動車産業が世界をリードし始めた80年代以降、欧米諸国はあの手この手の通商措置を使って日本企業に輸出よりも現地生産を求め、また、自治体政府が三顧の礼で日本企業の現地進出を誘致した。しかし、当初は欧米でも「日本人の上司の下で働く」ことへの戸惑いがあったはずだ。
 日本でも金融やIT関連など限られた業種では、過去数年外国資本の進出が相次ぎ、ようやくマネジャーも多国籍化してきたが、そのようなヒトと資本の移動は、いまだ欧米との間が中心だ。
 また、そういう業種だけで食っていくには日本経済の規模は大きすぎる。特に、製造業の海外移転やアジア民族資本の興隆・国際化に拍車がかかり始めた今日、ヒトや資本の往来が欧米にしか開かれていない日本では限界があり、そろそろアジアとの往来を視野に入れるべき時期に来ているのではないか。それは我々も今後次第に「アジア人の上司の下で働く」ことを変に思わない時代が来ることを意味する。

■円滑な出入国に向けて規制緩和も

 このような時代の変化は、法務省入国管理局も意識している。
 「国際化の進展とともに、通信・運輸手段の発達と経済システムの自由化の進行によるグローバリゼーションが顕著な現象となっており、国民生活の繁栄と安定を国際社会に向けて一層開かれた社会の中で求めることが指向されている。このため、円滑な人的交流が行われるような環境づくりを行うことはもとより、特にわが国経済における産業構造と企業行動の変化に対応した柔軟な人材活用のニーズに応え得るような、円滑かつ適正な出入国管理を行っていく必要がある」。
 これは、昨年3月に法務省が告示した出入国管理基本計画(第2次)の一節である。このような問題意識に基づき、「投資・経営」、「人文知識・国際業務」、「企業内転勤」、「研究」など外国人の在留・就労に関する規制も徐々にではあるが、緩和されつつある。

■短期滞在者に数次ビザを発給

 外務省が所管する短期滞在でも変化が起きつつある。今年2月にはインド国内のIT関連企業関係者に商用短期滞在のための数次ビザ(有効期間3年、滞在期間90日以内)を発給することが発表された。昨年8月、森首相が訪印した際に日印間のIT技術者交流を拡大すると表明したことを受けての措置だ。
 さらに、不法残留がとりわけ多い中国との関連でも、昨年10月の朱鎔基首相訪日の際、IT分野での日中産業協力促進が合意されたことをきっかけにして、まず中国の一部都市に所在する日系企業団体会員企業に勤務する中国人職員に短期商用滞在のための数次ビザ(期間1年または3年)が発給されることが決まった。
 就労を目的とする在留資格においても交流拡大を図るべく、IT関連などの資格に着眼した規制緩和ができないかといった検討も始まっている。

■ステップ・バイ・ステップで交流拡大を

 このように、明確な経済的視点を持った交流拡大の動きが出始めたことは、第一歩として大変評価できる。以上のような動きを「遅々としてはかどらない」と批判することはたやすいが、外国人労働が感情的摩擦に発展しやすい微妙な点を含むことは諸外国を見ても明らかであり、ステップ・バイ・ステップになるのは仕方がないだろう。
 むしろ、その歩みを建設的に速めるためにできることがいろいろある。
 第1にアジア各国に関して、特に有望な新興企業や有為の人材に関する情報をもっと多く的確に得ることだ。冒頭に記した中国民営企業や韓国ネット企業に関する情報は、最近でこそメディアが取り上げ始めたが、まだまだ不十分だ。
 第2に入管当局の信頼に足る人的交流のチャネルや規制緩和のための指標を提供していくことだ。このためには在外の公的日系団体や信頼に足る相手国の公的組織との連携、明確な基準となる各種の資格の普及・活用が欠かせないと思われる。
 そして第3に、不法入国・不法滞在外国人に対する有効な取り締まり・規制の強化だ。取り締まりの実効性を上げるため、また、犯罪組織のハイテク化に対抗するためにも、今後関係機関のオンラインによる連携や海上保安庁による警備体制の強化などが一層必要になる。

■「日本=行きにくい国」の常識破れ

 「グローバルな人材争奪戦」で、日本は甚だ遅れている。特にアジアの人材吸引力という点では米国の足元にも及ばないのが実態だ。 しかし、アジアの人材や企業は決して米国にしか関心がない訳ではない。「行きにくい国」という「常識」が彼らの足を日本から遠ざけているのだ。日本経済活性化のために、この分野でも我々自身の奮励努力が求められている。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2001年3月22日)