津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日経テレコン21

中国企業の模倣品製造に対応急げ
-品質は向上、"有力企業"も出現-
2001/01/16
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< 要 約 >
中国企業の日本製品模倣など知的財産権の侵害は、品目の拡大、海外市場への進出などで深刻さを増している
放置すれば日本企業にも重大な影響が及ぶ状況にあるが、日本側の対応は米国などと比べて後手に回りがちで、脇の甘いところがある。
知的財産権を侵害する中国企業には広大な内需市場を背景に有力企業に育ったところもあり、日本企業としては効果的な戦略の用意周到に対応する必要がある。

 昨年12月、中国の朱鎔基首相は私営企業のメッカと称される浙江省を視察した。視察先の1つ、創業後15年足らずの某ミシンメーカーで、資産7億元(1元は約13円)余、年産ミシン60万台余、輸出6千万ドル余という素晴らしい業績を聞かされ、同首相は手放しの称賛を贈った。
 農民出身の董事長(会長に相当)は1986年、23歳のときわずか300人民元の元手でネジ製造会社を創業し、以来15年足らずで会社をここまで成長させた立志伝中の人物だ。

■成功企業が知的財産権を侵害

 中国私営企業の成功物語だが、実は大きな問題がある。この会社の製品は日本の某工業ミシン・メーカーの製品にうりふたつなのだ。少なくとも意匠権の侵害が疑われるし、製品内部に特許権や制御ソフトが使われていれば、特許や著作権侵害の有無も確認する必要がある。
 中国の当局もミシン業界での知的財産権侵害には気付いており、昨年8月に上海市で縫製機械の見本市(日本企業と並んでこの会社を含む模倣品メーカーも出品)が開催された際には、日本の調査団に同行して知財権侵害の取り締まりに当たる上海市知識産権局と工商行政管理局が調査に赴いている。 しかし、残念ながら朱首相には成功物語だけが報告され、会社の別の顔に関する情報は報告がなかったと見える。

■模倣品は拡大し、「高品質化」

 本件に限らず、中国企業による日本企業の知的財産権侵害は日に日に深刻化している。日本製品の模倣品を作るのはアジアの国や地域が全体の8割を超すが、中でも中国の件数が最も多い(図表1)。
 最近は自動車部品、電池、カーステレオ、電動工具、たばこ、写真フィルム、プリンター・トナー、キャラクターグッズ(例:ポケモン)などで被害が急増している。おまけに中国の製造技術向上を反映して、一見本物と見分けがつかず、性能も悪くないといった「高品質化」が進んでいる。

■被害が世界市場に拡大

 しかし、もっと深刻なことがある。今までは中国企業による知的財産権侵害といっても、中国というローカル市場での問題だった。しかし、最近私営企業の発達や国有企業による輸出入業務独占の廃止(世界貿易機関加盟に備えた「貿易権」の自由化)により、知的財産権侵害物品が世界市場に急速に進出し始めているのだ(図表2)


 前述のミシンメーカーは製品の70%を海外80カ国以上に輸出、既に海外の16カ国に17事務所を構えて販売し、アフターサービスのほか、「情報」を収集している。海外販路も従来は中南米など途上国市場だけだったが、最近は欧米、さらには日本にまで広がっている。それだけでなく、同社は既に日本の関東某市に「研究センター」を設立したほか、北京にもドイツ、イタリアと協力して「研究施設」を設立、近くこれをドイツに移転する予定だという。
 この会社のミシンのFOB(本船渡し)価格は60ドル程度だという。それで利益を出すのだから、日本企業が逆立ちしてもかなわないコスト競争力だ。

■模倣・粗悪品追放運動が中国でもスタート

 1つの救いは、海外市場、特に先進国では輸入差し止め、損害賠償請求など実効性のある法的手段が整っており、中国国内市場に比べて権利防衛が格段に容易なことだ。中国でも昨年10月末、広範な政府関係部門が参加した「模倣・粗悪品取締連合運動」がスタートするなど、事態は徐々に改善の方向に向かっている。

■脇の甘さ目立つ日本の対応

 しかし、被害を防ぐには「権利の上に眠る者は保護されない」という前提をクリアしなければならないが、この点で日本企業の取り組みが十分ではないのだ。  現地で日系企業の権利保護を支援する日中経済協会北京事務所知的財産権室の関和郎室長によると、(1)偽物に対して「有名税でやむを得ない」、「やがて自然淘汰(とうた)される」とする楽観論、(2)中国の取り締まりはしょせん効果がないとの「あきらめ」論(3)被害に対する認識・情報不足、(4)情報にうとい本社任せの体制、が見られるという。
 上述した「模倣・粗悪品取締連合運動」も、そのきっかけは米国を中心とする外国企業が結成した中国反模倣品連合が中国シンクタンクに依頼して、模倣品がいかに中国経済に害悪を与えているかを調査・論証したレポートを政府高官に提出したことだという。日本は後手に回っている感がある。

■権利防衛対策の充実を

 今のままでは日本企業は「脇が甘い」故に殊更標的にされる恐れがある。
 そうならないための対策の第1は、まず知的財産権侵害に対抗するための予算・人員などリソースを充実することだ。法務部門が本社で担当している「ことになっている」体制も改め、専任者を現地に置き、かつトップが対策に関与するべきだ。
 第2は監視・調査の強化だ。一見して明らかな模倣品を追いかけるだけでは足らない。製品を入手して特許権や著作権の侵害実態や取引先、販売規模など相手の事業を調べ上げることが必須だ。
 第3は権利の主張だ。中国で訴訟などの司法手段が効果を上げるには、法治の浸透や地方政府による地元企業擁護(「地方保護主義」)の克服が必要だが、上述したように取り締まり当局は意識が変わりつつある。
 日本企業の中には「中国で強い手段をとると、かえって反発を買って『やぶ蛇』になるのではないか」とためらう会社もある。しかし、取り締まり当局に説得力ある詳細な裏付けデータを提供できれば、そんな心配は無用だ。
 認識を共有してくれる味方作りのため、知的財産権保護に当たる日中の関係団体に情報を提供して支援を求めることや被害企業同士の連携による団体行動も有効だ。
 海外での対抗手段については米国関税法に基づく輸入差し止めの申し立てをはじめ、有効な手段が整備されており、法律事務所の支援も(コストはかかるが)問題ない。海外での対応は、日本企業もその気さえあれば不自由はないはずだ。
 第4は重要な知的財産権の確実な出願による権利保全、さらには偽物の発生を予期した技術開発、設計、マーケティングだ。被害抑止のためのインフラ整備と言ってもよい。

■相手に応じた手段選択が必要

 最後に、相手をよく見極めることを提言したい。侵害者の中には簡単に叩ける(その代わりモグラ叩きになる)小さな会社もあるが、中国の広大な内需マーケットのおかげで相当力をつけ、知名度も高い有力企業もいる。中国の常として、こういう企業は国内で有力なコネも様々な形で手にしている。
 徹底した調査によって、製品、相手の業容など侵害実態を徹底解明することは当然だが、相手企業の氏素性や将来性、経営者の人となりや力量など、バックまで調べ上げることが必要だと思う。その中には叩きつぶすことが容易でない企業、ときには叩きつぶすのが惜しい企業もあるはずだからだ。
 そういう企業に対しては、総力を結集したアタックをかけることが必要だが、その後の決着の付け方を熟考しておく必要がある。ロイヤルティーの徴収だけでなく、適切かつ可能な場合には、出資を含むパートナー関係を構築するという選択もあってしかるべきだ。

■起されるIBM製品の「産業スパイ事件」

 ここで例えに引くのは不適切かもしれないが、今から20年ほど前、米IBMは日本の互換機メーカーに対して、司直によるおとり捜査・逮捕、差し止め・膨大な損害賠償請求という猛烈なアタックをかけた(いわゆる「産業スパイ事件」)。
 事件は日本に大きな衝撃を与えたが、結果的には民事・刑事手続きとも約1年後に和解で決着している。当時「あっけない幕切れ」と評されたこの落ちの付け方も、憶測すれば当初から周到に練られていたはずだと思う。
 訴訟社会米国らしいこのやり方を、日本企業が中国企業相手に真似ろと言うつもりはない。しかし、勃(ぼっ)興するライバルに対してIBMが抱いた危機感、真剣さ、知的財産権というものの周到な活かし方など、今日の日本企業が想起する意味は少なくないはずだ。勃興する中国企業を前に、日本企業もそろそろ脳みそを絞る時期が来たように思う。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2001年1月16日)