中国企業の強い技術移転要求に対し、欧米企業の一部は守るべき技術とそうでないで技術を選別する「選択と集中」方式で対処している。 | |
技術移転は中国でのアウトソーシング(業務委託)や投資の展開などで極めて重要なのに、日本企業はほとんどが積極的な技術移転戦略を持たず、欧米企業の後手に回りがちだ。 | |
中国側が望む相互利益の「ウィン・ウィン(win-win)」の関係を発展させるためにも、日本企業は技術移転を恐れず、緊張感と気迫のこもった戦略を構築すべきだ。 |
先日、日系企業勤務の経験がある中国の友人から、米国企業の対中技術移転戦略について面白い類型論を聞いた。米国の大手エレクトロニクス企業2社の対照的な戦略がベースになっている。
■惜しみなく与えるインテル型
第1の類型は「インテル型」であり、中国企業に対する圧倒的な技術的優勢に立脚している。確かに半導体チップの設計にせよ製造にせよ、今の中国企業はインテル社の足元にも及びようがない。
この類型の特徴は、デファクト・スタンダード(事実上の業界標準)を握る企業らしく市場の早期囲い込みを重視し、そのために事業パートナーの中国企業に対して、中国当局が高く評価するような設計・開発技術を惜しみなく供与することだ。それができる背景には、技術移転しても、自社の技術的優勢は揺るがないという強い自信がある。
■「選択と集中」に基づくモトローラ型
第2の類型は「モトローラ型」で、念頭にあるのは携帯電話である。中国企業による携帯電話生産量は急増しており、この分野ではモトローラ社とはいえ圧倒的優勢に立っているわけではなく、生き残りを賭けたコスト引き下げ、シェア拡大が求められる。
この類型の特徴は、断固として移転しない核心技術と積極的に移転するその他技術とを明確に選別することにある。それは必ずしも「最新技術ではなく、一世代前の技術を移転する」やり方ではない。自社が資源を集中すべき本業と、アウトソーシングしてコスト引き下げを図るべきその他事業とを明確に分ける「選択と集中」の考えによるものだ。
■戦略とスピードに欠けた日本企業
続けてこの友人いわく、中国は先進技術を強く追い求める「先進技術強迫症」のような国だが、逆に言えば外国企業が技術移転を武器にして立ち回れる国でもある。
特にハイテクや自動車産業など国家が外資参入を制限している戦略業種では、外国企業にとっていかに技術移転への積極姿勢を示せるかがイス取りゲームの勝敗を左右する。しかるに日本は技術移転に対する戦略を持たない企業がほとんどであり、決断は受け身でいつも遅い(ハンコを用いた責任の分散)。その結果、欧米企業に伍したアピールができていないと、友人は言う。
■技術移転要求は米国でも頭痛の種
もちろんすべての欧米企業が優れた技術移転戦略を持っている訳ではない。大胆に技術移転を決断したのは良いが、後で中国に手玉に取られたと後悔する例も増えると思われる。
また、米国産業界は中国のWTO(国際貿易機関)加盟交渉に関して技術移転要求の禁止を盛り込むことを強く要求した(注)。中国が固執する技術移転要求は米国企業にとっても何とも厄介であり頭痛の種なのだ。
注: | 中国は1999年11月の米中2国間交渉で、技術移転要求をしないことをWTO上の義務とすることに同意した。最恵国待遇原則に則り、本約束はすべての加盟国に平等に適用される。 ただし、これは技術移転を投資認可の条件としないなど、政府の行為を規律するのみであり、交渉相手の企業が技術移転を要求することまで禁ずるものではない。 |
■モトローラ型軸にウィン・ウィンの関係を
しかし、友人の話を聞いて日本企業が反省すべき点も多いと感じた。
第1に、日本企業は友人言うところの「モトローラ型」から教訓を汲み取る必要がある。「技術こそ日本企業の生命線」なのは分かるが、これだけ技術強迫症の中国で商売をするのに旧世代の技術だけという心構えしかないのでは、ものを考えていないと言われても仕方ない。自社の技術の中で何を残せば技術的優位が保全できるのかを真剣に分析することが必要だ。
また、技術移転を「やむなく払う入場料」のようにとらえるのも誤りだ。特にIT(情報技術)分野などでは、華南地方を中心に中国の部品産業が驚異的な成長を見せている。品質とコストの関係を不断に見直して、中国でのアウトソーシングを進めることは本体事業の競争力維持のためにも欠かせなくなっている。「選択と集中」戦略の構築は技術移転と裏腹な関係に立っている。積極的な技術移転で有能なベンダーを育て、お互いにメリットのある「ウィン・ウィン」のパートナーシップを構築していくことは企業全体の競争力強化の観点からも必須の課題であろう。
■出資によるメリット享受も可能に
積極的な技術移転が有益な理由は他にもある。中国では近く民営企業も視野に入れた「第2株式市場(創業市場)」が誕生する。今後は技術移転に併せて出資も行い、相手企業のIPO(株式公開)を通じて企業の成長の分け前にあずかることを考えるべきである。
技術移転の要請を受けたとき受け身に構えるのではなく、どうすれば自社のメリットになるかを考えるべきであり、「技術移転を請われれば、上場計画の有無を問い返す」式に変わるべきだ(2000年7月4日掲載の「デジタルコラム参照」)。
今は中国が厳格な外国為替(資本勘定)管理を続けているため、外国企業が中国株式市場に投資したり、退出したりすることは難しい。しかし、遠からず第2株式市場の全容が明らかになる。遅くとも数年以内には、この市場で上記のような外国投資モデルが運用可能になるはずである。
■技術移転渋ると、成果を横取りされる例も
中国人はこのような「ウィン・ウィン戦略」が大好きだ。また、中国人から裏切られないコツは、常に「大切なパートナー」であり続けることだ。お互いに意気軒高と進めることも中国で成功するための条件だと言えよう。
しかし、逆もまた真なりだ。中国側パートナーの眼に「ケチでグズで無能」と映っている日本企業はかなりある。友人はもうひとつ話をしてくれた。米国企業が技術移転ではなく、日本企業の技術移転成果を横取りする例だ。日本の合弁相手が新たな技術移転を渋り、遅々として答えを出さないのに業を煮やした中国側パートナーが、合弁を申し込んできた同業の米国企業と別会社で事業を始めようとしているというのである。
■油断禁物の中国市場
舞台は部品ベンダーの養成に時間と手間のかかる大型の組み立て型産業だ。後から割り込んでくる米国企業は、日本企業が営々と養成してきた技術基盤と人材をただで利用することができる。さしずめ他人の巣を横取りする「カッコウ型」だ。
これに応ずる中国に対しては「何と信なき国よ」と怒る人もいるだろう。しかし、日本だって数十年前、鷹揚(おうよう)に技術を教えてくれた欧米企業に対して、今なお礼節を尽くしている、とばかりは言えないはずである。世界で通用するビジネス・スタンダードは「油断すればやられる」だ。今のままでは欧米のカッコウにやられる日本企業が他にも出てくるだろう。
■気迫と緊張感を保ってより良き関係築け
日中企業のパートナーシップが順調に進むと、やがて中国側パートナーが強大なライバルに育つ可能性もある。しかし、それが怖くて技術移転を渋っていても、他の会社に乗り換えられてしまう。素質のある会社の成長を簡単に阻むことができるなら、日本企業の今日だってなかったはずではないか。
成長していく相手との間でいかなるウィン・ウィンの関係を構築し続けていくかは日本企業の力量次第だ。ライバルの成長は日本企業が経営に緊張感を保てる点で悪いことばかりではない。むしろ、常に緊張感と気迫を保って相手に処していかないと、世界企業が往来する中国市場で成功することは難しいのである。