日本は中国、韓国など東アジアに向けて技術移転や直接投資をしてきたが、国情の違いや意志疎通の難しさを背景に十分な成果が出ているとは言えない。 | |
韓国では店頭株式公開を目指した新規起業や、ベンチャーキャピタルによる有望企業への投資が盛ん。中国でも民営企業の台頭により海外市場での株式公開が進み、大陸での創業企業向け株式市場の誕生も目前に迫っている。 | |
日本はこれらの国の資本市場を積極的に活用し、製造業を中心に技術移転の伴うエクイティ(株主資本)投資を活発に進めるべきだ。 |
■中・韓への直接投資・技術移転に難しさ
中国や韓国など東アジアの隣国はいつも日本に技術移転や投資を求めてくる。数年前までの韓国は技術を求めても、外国資本導入には慎重だったが、97年の「IMF(国際通貨基金)ショック」(注)以来、外資の積極誘致に転じた。
日本企業はこのような要請にこたえなかった訳ではない。図表1、図表2に示したように、韓国へは70年代に、中国へは90年代に進出ブームが起きた。技術移転も子会社向けだけでなく相当数が行われたはずである。
注)金融危機に陥った韓国に、IMFが緊急融資の条件として課した経済改革の断行 。
しかし、成功事例は、そうたくさん生まれなかった。韓国では80年代の激しい労使紛争で多くの日系企業が撤退した。中国でもパートナー選択の失敗(相手の多くは国有企業)や国を挙げての過剰投資のあおりを受けて、所期の成果を挙げている企業は多くない。
これに伴い、民営企業のウェブサイト開設やプロバイダー(接続会社)の設立も盛んで、電気通信事業の国家独占の建前をしり目に急成長を遂げている。今や大型ウェブサイトは200万人以上の無料電子メールユーザーを抱え、ウェブ閲覧も1日500万ページにのぼる。
■米国流ビジネス展開する留学経験者
ひと昔前まで中国のインテリといえば、貧乏な暮らしと相場が決まっていたが、改革開放の進展は知識が富に直結する仕組みを中国に持ち込み始めた。
理系の雄、清華大学では卒業生の4割近くが海外留学する。かつては、海外留学した中国人は母国に帰らないのが当たり前だったが、それもここ数年で様相が一変した。理系ではIT(情報技術)やバイオテクノロジーを、文系では金融・証券を留学先で専攻し、実務経験も積んだ留学生たちが中国に戻ってインターネットを駆使する米国流のビジネスを展開する例が急増しているのだ。
米国系ファンドの投資やアドバイスを受け入れる例も多く、ナスダック(米店頭公開市場)での株式公開を目指すといった意気込みも強い。
■国情違う相手企業への協力に限界
そこには多くの原因があると思うが、韓国、中国に共通する2つのことを指摘したい。
1つは手法の限界である。合弁企業は運営が難しい。共同経営である以上、労務関係を含めて勝手の違う相手の国情に向き合うことを余儀なくされる。失敗しても簡単に「退出」できないことも大きな不安材料だ。
技術移転も資本関係のない企業の間では簡単ではない。特に日本技術の強みはマニュアルにではなく、その行間に潜むが故に理解されにくく、技術の値打ち、すなわちロイヤリティについて日本側と相手側が折り合うのはなかなか大変だ。
そんな事情があるから、技術移転や合弁の呼びかけに対して浮かない顔をする日本企業が少なくない。「応ずれば相手は喜ぶだろうが、ウチにどれだけメリットがあるのか」という訳だ。
■相手企業に出資して企業価値増大目指せ
こうした事態を打開するために、資本市場が活用できたらと思う。未上場のパートナー企業に出資して、技術移転、経営管理指導、市場開拓などの支援を行い、株式価値の増大を目指すやり方である。相手が上場したところで退出(投下資本を回収)するもよし、持ち続けるもよし。
武運つたなく失敗すれば、投下資本をあきらめる。相手方は必ずしも新たに起業した会社ではない点で、プライベート・エクイティ(未公開株)投資と呼んでもよいかも知れない。
これまで日本のベンチャー投資が十分な成績を残せなかった原因として、1人の担当者が数十社を担当するなど、企業を育てる経営関与・支援が不足していたことが挙げられる。しかし、本当の原因は企業を育てられる栄養分としての経営資源が当時の投資者になかったからではないか。それなしでエクイティ投資を行えば、「運を天に任せる」式になってしまう。
■優れた経営資源持つ日本の製造業
企業を育てる栄養分を日本で一番多く持っているのは、おそらく技術を持つ製造業だ。しかし、メーカーはエクイティ投資という第3の手法を持たなかったために、技術移転だけの片肺飛行か(少額のロイヤリティは得ても、企業価値増大の分与にはあずかれない)、多大の労苦を伴う合弁方式をとるか、のどちらかしかなかった。
栄養分の持ち手と第3の手法の持ち手が手を組むことはできないものか。そういう変化は今、電子商取引の世界で起き始めている。多少懐妊期間が長くなるとしても、日本が優勢な製造業で日本式エクイティ投資が起きてよいはずだ。
■起業ブームにわく韓国
第2に指摘したいのは、韓国も中国も急速に変貌しているということだ。
前述のとおり、韓国経済はIMFショック以降、市場原理志向型へと様相が一変した。財閥改革やノンバンク問題といった宿題は残っているが、コスダック(韓国店頭株式市場)の急速な隆盛による起業ブームは、見ていて羨ましさを覚えるほどだ。
中国では過去、日本企業との出会いの場にはたいてい国有企業が出てきたから、彼らを通じて見た中国経済しか知らない日本企業が多い。国有企業の引きずる弊害と投資環境の悪さで、中国は随分評価を落とした。
■民営企業の台頭目立つ中国
しかし、その中国でも大きな発展の可能性を秘めた民営企業が台頭してきた。共産党も、もはや彼らの成長なくして経済の成長はないという現実の前に、私営企業振興へと政策のかじを切った(1999年12月7日掲載の「デジタルコラム」参照)。
その結果、民営企業のガバナンス(統治)を改善し、利益を正直に計上させる手段として、株式上場の展望が開けつつある。すでにエレクトロニクスなどの分野では香港の新市場GEM(グロース・エンタープライズ・マーケット)やナスダック(米国店頭株式市場)など海外での公開事例が増えている。大陸でも、民営企業が上場できる創業企業向け株式市場の誕生が目前に迫っているのだ。
■積極姿勢目立つ韓国ベンチャーキャピタル
最近転勤して韓国も担当するようになってから、中国で考えた民営企業投資と同じことが考えられないか聞いて回った。
驚いたことに、図表3に一端を例示したように、韓国のあるベンチャーキャピタル(VC)がすでに始めていた。皮切りになったのは半導体製造関連産業などハイテクに属する業種だが、「日本で最盛期を過ぎた金属加工や部品製造も韓国に持ってくれば十分花が咲く」という。
韓国のコストはざっと日本の3分の1だが、技能労働力や社会の発達度は相当高い。日本の精密金型企業が「展望が開けない」といって会社を畳んだ話などを聞くと、惜しい気がしてならない。
事例 1 A社(半導体製造関連原材料) |
化学品輸入販売の韓国企業が、メーカー、商社など日本側3社と韓国側60%、日本側各20、10、10%の出資比率で92年に設立した半導体製造関連原材料メーカー。資本金5.7億ウォン(1ウォン=約0.1円)。 日本メーカーの技術協力により順調に立ち上がり、99年度は売上高77億ウォン、利益15億ウォンを達成した。近々親会社の韓国企業(VC資本を受け入れ済み)と合併後に上場の予定。 |
事例 2 B社(半導体製造関連設備) |
半導体製造関連の日韓のメーカーが95年折半出資で設立した合弁会社。日本側出資会社の技術協力を受けて製品ライン(半導体洗浄ライン、高純度ガス製造設備等)を充実させ、工場も逐次拡張中。 現在の売上高130億ウォン、利益33億ウォン。来年中の上場が見込める。 |
事例 3 C社(半導体用高純度カーボン) |
事例2と同じ韓国メーカーが半導体材料製造装置に使われる高純度カーボン(黒鉛)等の製造販売のため、日韓双方のカーボンメーカーと共に96年に設立した会社。現在、売上高51億ウォン、利益8.5億ウォンに達しており、近い将来の上場が見込める。 |
事例 4 D社(国際通信回線単純再販) |
外資系コンサルタント会社、大財閥企業などを退職した若手が日本の電気通信会社および韓国VC会社と共に設立した会社(98年設立、資本金40.5億ウォン)。現在顧客数も順調に拡大、今夏には黒字転換、来年中には上場の見込み。 |
■まず必要な上場計画の確認
もちろん「言うはやすく行うは難し」である。韓国、特に中国で本当 に財務など企業情報が適正に開示できるのかなど課題は多い。しかし、 試してみる価値はあるのではないか。
メーカーの方々は、今後韓国、中国から技術移転や合弁案件を持ちかけられたら、まず上場計画の有無を問うてみたらどうだろうか。計画のあるなしにかかわらず、答えが引き出せれば、今よりは有益な話し合いの糸口になると思う。
■東アジアの経済発展視野に環境整備を
また、一国の中だけで案件を発掘しようとしても、投資対象の発展性には限界がある。ファンドマネジャーの方々には国境を取り払った「東アジア」で、地域間の産業発展段階の違いをうまく利用した案件の発掘 を目指していただきたい。そのような投資により産業空洞化が起こると心配する人もいるが、東アジアの経済成長は、想像以上のプラスになって日本経済に返ってくると思う。97年以降のアジア経済危機が日本経済に大きなマイナスをもたらしたことは、逆方向からこのことを示してみせた。
周辺に移転していく産業の代わりに、日本には起業家精神に富む人々の手で新しい産業が生まれてくる。空洞化を心配するのではなく、新産業が創生しやすい環境整備を急ぐべきだ。