津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

寄稿論文

「底打ち」後も楽観を許さない中国経済
2009/05
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要旨

  中国経済が世界待望の「底打ち」をしたようだ。しかし、現行「4兆元対策」は限界もあるし、来年前半にはピークアウトする。対策第二弾の準備が始まったようだが、政府主導景気を「自立恢復」につなげられるか。また、確信犯的な金融緩和策の弊害と「出口」を懸念する声も高まっており、中国経済の先行きは未だ楽観を許さない。

  4月中旬に第1四半期の経済統計が出た。4兆元対策も始動し、固定資産投資は対前年同期比で28.8%、とくに新規着工事業費総額は87.7%と激増した。消費は15.0%増(実質18.6%増)、3月単月の輸出入は輸出が17.1%減、輸入が25.1%減、貿易黒字は41.2%の増、世界的な在庫圧縮が終熄に向かい、輸出受注も最悪期は脱した。

  この結果、第1四半期のGDPは対前年同期比で6.1%の増加となった。前期比ベースを推測すると、昨年第4四半期、ゼロ成長スレスレに落ちた中国経済に5%以上の成長が戻り始めたようだ。統計局によると6.1%のうち消費増の貢献が4.3%分、投資増が2.0%分、外需の減少が▼0.2%分だという。投資増の貢献は公共投資の伸びを在庫調整が食ったために小さくなった由だ。

  対中輸出の恢復については日本の産業界からも多くの証言がある。足許の中国マクロ経済は政府主導の景気対策によって、とりあえず「底打ち」したと言ってよいだろう。

景気「二番底」の恐れ?

  しかし、3月に回復傾向が見られた電力消費が4月に再度落ち込むなど未だ不安要素があるほか、識者には以下の3点を挙げて「来年前半に二番底を探る恐れあり」と懸念する声も根強い。

  ?景気対策が手法も効果も「官製経済」に片寄り過ぎ:不動産や私営企業の投資は依然として弱含みで、このままでは内需拡大が危ぶまれる

  ?現行対策だけでは来年以後の「息切れ」を防げない:短期的、集中的な刺激策は何時までも続けられず、効果も早晩ピークアウトする

  ?中国経済の持病、「設備過剰」の懸念が再浮上:とくに鉄鋼や非鉄産業の過剰感が顕著で、外需が恢復しないかぎり本当の景気恢復感は出てこない恐れあり

「景気自律回復」軌道につなげられるか

  これに対する政府の姿勢は次の三点に集約できる。

  ?「当面現行景気対策の効果を見極める」:しかしこれは表向きで、内部では既に景気対策第二弾の準備が始まったという。

  ?「弱い」とされる民間経済の活性化、内需拡大:自動車購入促進税制、農村への家電普及促進策(家電下郷)などに力を入れる

  ?「過剰」問題への対処:最近打ち出した10大産業振興計画に力を入れ、伸ばすべき部分(自主技術、効率向上など)は伸ばし、淘汰すべき部分(低効率、環境負荷が過大な企業)は淘汰する

  総体として、「とりあえず底打ち」となったいま、次なる焦点は刺激策の効果が続く間に民間経済を含めた経済全体の自律回復に点火できるか否か?だということがはっきりしてきた。

「確信犯的」金融緩和策?

  政府は成長維持のために金融面でも思いきった緩和策を講じているが、金融統計が異常な伸びを示し始めたことに警戒感が強まってきた。

  まず金融貸出の激増。年初に通年の貸出増加目標額とされた5兆元は第1四半期だけで9割達成されてしまい、今や通年で7〜8兆元の増加が見込まれている。しかも、貸出が交通インフラなど国有大プロジェクトに集中して私営経済に回っていない、伸びの3割を短期の手形貸付が占め、安い市場金利で借りたこのカネが定期預金に回されて利ザヤ稼ぎ、株投機に流用されているなど、沈滞した実体経済にカネが浸透しないまま、ぐるぐる周りしている感がある。

  マネーサプライ(M2)も3月の対前年同期伸率が25.4%に達した。GDPの伸びを19%以上上回る過去最高水準の高さだ。そのせいか株式市場は昨年10月の底値から60%近く上昇した。景気恢復を「先取り」しすぎ、金融緩和がもたらした資産バブルの「芽」では?と見る人も多い。

  金融当局はこの高い伸びを「弊害より利点が勝る」と容認する姿勢だ。背後に「金融で成長を支えよ」という党・国務院の強い意向を感ずるが、「これでは『適度に緩和的な金融政策』の標語になじまない」という懸念が強まっている。

固定資産投資の資本金比率引き下げ

  もう一つ意味深な政策が4月末に決まった。中国は自己資本が小さく借入比率が高い投資を認可しない政策を採ってきた。過小資本の投資プロジェクトが不良債権を大量発生させた苦い経験があるからだ。要求される自己資本比率は30〜40%と高く、事業が安全になる分、大量の資本を食う。

  今回、4兆元対策の主要な中身である国有インフラ事業に加え民間のマンション事業について、この比率が引き下げられた。背景の一つは地方政府の資金難だ。主要財源である税収も土地収入も急減したせいで4兆元対策に必要な資本金が足りないのだ。

  インフラでもない不動産事業が加えられたことも目を惹く。値下がり・在庫圧力・資金難の苦境にある業界にとっては朗報だ。内需拡大のためには不動産投資の回復が欠かせないと判断したのだろう。

  借入比率を上げれば利払いコストが嵩み、将来の不良債権増加が懸念されるが、「背に腹は代えられない」、目下の経済運営が容易でないことを示唆する決定だ。

自律回復のカギは消費

  政府の景気対策ピークアウト後、自律回復軌道を如何に支えるか。外需は「フリー・フォール」状態こそ終熄しつつあるが、本格恢復は世界経済の恢復待ちだ。民間投資も設備や在庫の「過剰」が解消するまで本格恢復は望めない、来年前半ではまだ力不足だろう。

  けっきょくカギは消費になる。ここは悪い話ばかりではない。自動車販売台数は3、4月と二ヶ月連続で世界首位に立った。補助金の出る「農村家電」も売れ行き好調、住宅も「潮時」と見た買いが入り始めるなど、消費はまだ底堅さを保っており、カネは「あるところにはある」ようだ。また、4兆元対策事業費の一部は工事で雇われる農民の収入に回るはずだ。1割が回れば失業した2000万人農民工の1年分の稼ぎになる(失業前月収が1500元/人と仮定すると3600億元)。

  しかし、消費を真の「内需拡大の旗手」にするには雇用の安定と社会保障の充実が必要だし、中長期的な所得分配構造の変革も欠かせない。景気対策第二弾はそこにどんな答を用意するだろうか。

最大の難問は金融緩和の「出口」対策?

  中国では過去M2が20%を超える伸びを6四半期続けると必ずインフレ傾向が現れたそうだ。金融は早晩引き締めに転じなければならないが、実体経済に力強さが見えないまま「資産バブル」やインフレ「懸念」を理由に引き締め策を敢行することは株価の下落や世論の反発を招くだろう。政治が決めた金融緩和だが、時機を失さずに「出口」を用意できるか・・・党・国務院は大きな政治的負債を抱えたように見える。

  「底打ち」したとはいえ、中国経済運営は依然として楽観を許さない綱渡りが続く。中国頼みの日本経済としては、ハンドルの切り損ねがないように祈るばかりだ。

(2009年5月)