津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

寄稿論文

投資規制緩和に見る中国経済成熟度
2004/10/11
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 去る七月、中国国務院が興味深い新政策を発表した。「国務院投資体制改革に関する通知(以下「本通知」と略称)」である。メディアはほとんど無視したが、企業の中国実務の観点からも、中国経済ウォッチングの観点からも、見逃せない重みを持つ政策である。

 その内容を平たく表現するなら「投資許認可に関する規制緩和措置」とでも言えようか。主な内容を列挙すると、次のとおりだ。

?プロジェクト許可制の廃止

 財源に政府資金を用いないプロジェクトについて、政府が不許可裁量権を持つような「審批(許可)」制は一律廃止する。

 言葉を換えれば、民営企業や外資企業が手持ち資金や銀行融資で行う設備投資でも、金額の大小に応じて中央・地方政府の「審批」が均しく必要とされ、場合によっては「審批」が得られない、という既往の制度は廃止される。

?公共利益のネガチェック制度の拡大

 代わりに、大型重要プロジェクトやいわゆる「制限類」の業種に属するプロジェクトについては、経済セキュリティ、環境保全、独占防止といった公共利益の見地からのネガチェック制(「核準」)制を拡大する。

 「審批」と「核準」の違いは、要件に適合するかぎり不許可にはできないという裁量権の有無だ。公共利益のネガチェックという趣旨に照らして、これまで中国でのプロジェクト認可につきものだった経済採算性等の審査(F/S報告)も要らなくなる。

?「その他おおぜい」は報告徴収だけ

 政府資金も使わず、重要事業でも制限類でもない大多数のプロジェクトは、主として統計目的の報告をするだけ(「備案」)になる。

 もちろん、環境保護や土地利用、都市計画等の規制は行われるが、個別に所管部局の申請・審査を受けるだけになる。そのような手続に入る前に、まず申告(「立項」)をし、審査を受け、という中国独特の制度が終わりを告げる。その意味で本通知は中国経済が更に世界標準に近付くことを意味している。

?外資も規制緩和

 総投資額五千万?以上の「制限類」業種、一億?以上の「奨励類」及び「許可類」業種の外国投資は中央の国家発展改革委員会(以下「発改委」と略称)が「核準」するほか、WTOで投資が制限されているサービス産業や輸入制限が行われている業種の外国投資、大型外資企業の設立・変更は中央の商務部が核準する。

 しかし、従来三千万?以上が中央「審批」だったのに比べると、外国投資も規制が緩和される。金融や通信などの参入制限も外国投資許可よりも監督官庁の「業法」上の「審批」の方に主戦場が移ることになる。この点も諸外国の通用の慣習に近付く。

 このほか、従来三百万?以上が中央「審批」だった中国企業の対外直接投資(「走出去」)についても、一千万?以上が発改委の「核準」に、それ以下は地方政府の「核準」になることも要注目だ。

 以上のように、何でも政府の許認可が必要だった中国の投資は、この政策が実施に移されればガラリと変わる。それにも関わらず外の関心が低いことには三つの理由があるように思う。第一、審批・核準・備案といった制度の差が外国人には分かりにくい。第二、外国人は投資管理といっても外商投資という限定された側面しか関わってこなかったため、投資管理体制の全容には知識も関心も乏しい。第三、そして最大の理由は本通知の細則が未発表で、未だ実施に移されていないことだ。実施時期は過熱気味の経済情勢との兼ね合いもあり、注目される。

■経済過熱下の不可解な政策変更?

 本通知を知って真っ先に考えたことは、昨年来強権的な行政手段まで動員してようやく経済過熱を抑え込もうとしているこの時期に、規制の緩和や権限の地方委譲をして大丈夫なのか?という疑問だ。現に、発表時の記者会見でこの点を問われた発改委の姜偉新副主任は「確かにマクロコントロールには一定のマイナスが生ずるだろう」と認めている。少なくとも表向きちぐはぐな印象は免れないが、その理由は過熱引き締めという短期の政策と本通知が拠って立つ「改革開放(市場経済化促進)」の政策とでは、政策のスコープも時間軸も異なるという点に求めるべきだ。

■久々の「自由主義」型改革措置

 この政策の眼目は、政府の無用な干渉を排して企業(なかんずく民営企業)の投資自主権を確立し、市場を通じた資源配分が適正に行われる経済体制を実現することにある。経済過熱との兼ね合いについて言えば、むしろ逆に、政府が審批などと言って投資決定に介入するものだから、企業が投資リスクを自ら真剣に判断する気構えが損なわれる。昨今鉄鋼などの業種に見られたように、地方政府が投資過熱を煽るなどといった病理が現れたのはこの悪弊を放置したからだ。経済過熱の再燃は怖いが、それを言っていては、いつまで経っても「教育ママの悪循環」から逃れられない。

 中国の経済政策はWTO加盟の頃を期に、舵取りの向きがかなり変わった。九十年代後半、特に朱鎔基総理の治世は「改革なくして前途なし」とでもいう強モテ型、西側流に言えば自由主義的な改革が盛行した。WTO加盟に向けた市場開放、九九年に国有経済の縮小を謳った四中全会決定などが典型であり、そして大きな成果を挙げた。

 しかし、物事には両面がある。世紀の変わり目頃から一段の躍進を遂げた感のある中国経済だが、同時に成長の不均衡が産む負の側面が顕在化した。それは江沢民政権から胡錦涛政権への交代の時期にも重なった。政権交代後は東北振興、農民問題、不均衡是正(弱者保護)など、「リベラル」な政策が目立つことは周知のとおりである。

■「経済過熱あったればこそ」の措置

 今回の通知はその意味で久々に改革開放の本流に属する政策が現れた印象がある。そう言うと、「経済政策面でも江沢民前主席が復権か!?」式に劇画調に取り沙汰されそうだが、そうではあるまい。中国の政策は台湾問題や対日政策といった遺憾な例外領域を除けば、振り子が緩やかに振れるようなバランスの上にある。

 昨今の地方主導の投資過熱騒ぎは「改革開放、前途未だ遼遠」の警鐘を鳴らすものだった。本通知に「過熱騒ぎにも関わらず」という側面があるのは事実だが、同時に「過熱騒ぎあったればこそ」の側面もあったはずだと思う。

■実現のカギは銀行改革

 「その意気や良し」であるが、ではうまく行くのだろうか? かなり慎重な見方をせざるを得ないだろう。

 時代に合わなくなった旧制度を打破するための改革は雄々しいが、打破の後に来るのは往々にして新制度ではなく「制度の真空」である。本通知に即して言えば、投資決定のガバナンス問題について、政府の審査という旧い装置を捨てて一足飛びに企業の自治に期待するのは「無い物ねだり」である。この二年間の中国の鉄鋼や自動車産業を見よ。目先の売れ行きと高値に目が眩んで無謀な設備投資をしてしまう企業が如何に多かったことか。

 政府介入は有害無益だが、捨てるなら代わるガバナンス装置が必要だ。それはいまの中国では資金を融通する銀行の健全な審査確立を措いてない。日本の高度成長期にはメーンバンク制度が大きな役割を果たした。いまの中国がこの経験を移植できると効果的なのだが、銀行がきちんと顧客企業の財務をモニターし、企業がそれを受け入れるといった慣行を蛙跳び式に作り上げることは難しい。人間は徐々にしか成長・成熟しないからである。本通知が定着し、かつ、問題も起きなくなるにはかなりの時間がかかるだろう。

中国語版
(毎日エコノミスト(別冊) 2004年10月11日)